別館PCチラシの裏日記帳 第2章

世界一!長ーい記事のブログを目指していますw

実に棚ぼたな山形のテレビ事情

    棚ぼたな山形のテレビ局事情(追加修正版)
昭和の地方のテレビ事情の苦しさは多分元より東名阪地区にお住まいの方なら分からないでしょうね(^^;
21世紀の現在でも宮崎を始めとして福井、山梨、徳島などは県域の民放が1-2局という地域が残っているのですがこれらの地区もケーブルテレビの発展により大体が民放4局くらいは見られる時代にはなりましたが、昭和の中堅以下の地方都市は相場は決まって民放2局というのは定番なのでした(^^;
 
複雑な昭和時代のテレビ局事情
2局しかないので、1つの局で例えば日テレ/テレ朝の各系列の番組をごちゃ混ぜにする所謂クロスネットというのが常でした。しかも、ニュースネットワークも2系列担当NNN/ANNと言う具合に昼にはNNNニュースの後にANNニュースが流れるという何とも奇妙な光景が見られました。
山形の場合、今の宮崎とは比較にならないくらい大変悲惨な編成でTBS系が無かったのが最大の汚点だったのですつまり・・JNN協定という物がないために2局とも好き勝手に弄られていた感じです。
YBC=日テレ/テレ朝比率は何と4:4:2 最後の2と言うのはTBSやテレ東の番組など
ニュースネットワークはNNN/ANNに加入筋金入りのクロスネットだw
YTS=フジ/日テレ7:2:1 1と言うのは同上(TBSとテレ東の番組など)
ニュースネットワークはFNNのみ・・ニュースは単独ネット
※ローカル枠は除きます
 
山形の独裁者?服部天皇
では何故に両局で日テレの番組が流れているのか?それは・・説明すれば長い話で要するに山形には独裁者と言われた程の権力者である服部天皇こと服部敬雄氏という人物が居たのです(山形新聞/山形放送 /山形テレビ/山形交通 の山新グループ元会長)このお方の鶴の一声でメディアはコロコロ変えられていったのです。(視聴者はかき回されてしまった)
YBCテレビは本当ならばKRT系(現TBS系)で開局すべき局であるのに正力松太郎(日テレ発起人)氏に共感を持った!としての理由だけで服部のツルの一声で日テレ系になったと言います(巨人戦を見たいからと言う説もあります)これが、山形だけでなく秋田にまで悪影響を及ぼしてしまいます。ABSがKRTと親好を持っていたというのに当時日本海ルート民放用のテレビ中継回線が1本しか通っていなくてYBCが日テレになれば自動的にABSも日テレにならざる得ないわけです。(現在秋田のTBSの系列が無いと言うのも服部のせいなのかも)
1970年に山形県では2番目の民放局YTSが開局しました、この時服部天皇とは無関係なYTS((朝日新聞が主要株主 )と言う事もあり当初ニュースネットワークはANNに加盟してTBS/NET(現テレ朝)のクロスネットで開局予定だったのが、服部天皇に目を付けられてしまい、山新グループの傘下に入れられてしまいました(飽くまでも朝日が主要株主)服部天皇鹿内信隆・フジテレビ会長との間の個人的な関係もあり、これも又服部の「ツルの一声」でフジ系列となったのです。
東北ではAKTに次ぐフジマストバイ局でした 因みにこの時期は仙台放送はフジ/日テレクロスネットでした。
その為フジ基幹局の当時のOXでは放送していない「プロ野球ニュース」が山形では放送されました。
※この年の10月にMTB(現mmt)宮城テレビが開局して仙台放送クロスネットは解消しています。
ただ、1970年と言うとテレビその物が1-62chをカバーするオールチャンネル対応しているのは全部では無く12ch迄の(YTSは38ch)VHFのチャンネルしか付いていない物も多数残っていました、(未だ白黒テレビの家庭も多い時代)電波は来ているのにYTSが映らない...YTSその物の存在を知らない人も多かったのです。VHFしか付いていないテレビでUHFの放送を見るにはUHFコンバーターというものが必要で、YTSやお隣のmmtはそれがネックとなり視聴率が取れない理由から一部番組はVHF帯の放送局に留まるケースも見られましたね。(中京エリアでもそんな事が有りましたよね)                  
家で使っていたテレビだって4本足が付いていて今で言うと典型的な家具調のレトロテレビのそれを使ってましたから(^^;UHFツマミも有りませんでした。しかもオール真空管テレビwスイッチを入れてから画面が点いて映像や色が安定するまで3分くらい掛かりましたw(^^; 初期のカラーテレビはコンバージェンスがすぐズレて色が滲んできたらそのたんび電気屋さんを呼んで調整して貰ってましたね。(手がかかるね(^^;)仕舞には電気屋さんが何処を調整しているか覚えてしまって子供ながら色が変になったら自分で勝手に調整して親に危ない!!と言われて大目玉を喰らいましたねw今思うとプレート電圧1000V近い真空管テレビの裏蓋を開いて中を弄ってたと思うと怖いですね(^^;;
アマ無線のHF無線機でファイナル段のS2100 のプレート電圧900Vにはガッツリ感電したことがありますが死ぬかと思いました・・・2-3日感電した腕が動きませんでしたからね。真空管アンプも流行ってますが感電には気をつけましょう・・・
さて、話が大きく脱線しましたが 
私の住んでいた地域ではYTS開局後程なくして難視聴対策用の共同アンテナでU/V変換でVHFの4chでもYTSが映るようになっていました。(UHFコンバーターが要らない)
※開局当初YTSも白黒放送が存在していました
山形県内の特有の地形で山間部が多いので本局が映らない地域も有り共同アンテナも多くそう言う地域はUHFコンバーターは無くても周波数変換で(38ch→4ch等)YTSも映ってオマケで東北放送仙台放送も映る(平地で自前で県外波を受信するより映りが良いという..(^^; )という所もありました。
苦肉の策としてYTSも山形市内を中心に宣伝カーでUHFコンバーターとUHFアンテナの配布を有料でやっていた事も有ったようです(YTS開局20周年記念番組内でそのフィルムが流れていました)
YTSはNETの番組もフジのネット時間外で数多く放送していた様に思います(私の記憶が曖昧ですが・・)
但し放送は1日通しては行われずに午後の数時間はカラーバーかテストパターンが出ている時もありました。
※私の記憶は曖昧でしたがwikiには72年より全日放送に移ったとあります。
72年頃のオイルショック時にはNHKは14時-17時迄は停波していたがYTSは通常放送でした。
 
フジ単独ネットは1975年まで続きましたが、株主の朝日新聞は「コレではいかん!」と言う事で、3割程NETの番組をYTSに取り入れてANNにも加入させました。
ここで、FNN/ANNのクロスネット局として1975-1980まで続きましたが、このままではYTSがだんだん朝日に浸食されていくのを恐れた服部天皇はYTSから殆どのテレ朝の番組を引き上げて引き上げた番組をYBCへ無理やり移動させました。(徹子の部屋等はYTSに残った物も有ります)しかもYBCをANNに加盟させたのです。
ここから、13年にも渡りNNN/ANNのYBCのクロスネットが続いたのです。
所が日テレ側も又コレに激怒して焙れてしまった日テレの番組を今度はYTSに移動させたのです。
コレに伴いYTSもニュースはフジ単独でも番組はフジの番組が大半を占めていた物の日テレの番組がゴールデン/プライムにも放送される事態となり、両局とも何系列なのか??
分からない程メチャクチャな編成にされてしまったのです。
日曜日なんかはYBCが19時から23時までテレ朝同時枠を・・YTSも19時から23時30分まで日テレ枠(21時台は除く)が放送されるようになりました。
※但し例外がありそれは選挙の開票速報とFNS27時間テレビ、日テレ24時間テレビ、選挙の開票速報についてはYTSはNNNには加入していなかったので日曜日でもFNNの選挙速報を放送して、YBCはANNにも加入していたので「NNN選挙速報」(19時まで)→「選挙ステーション」(19時以降)→「NNN選挙速報」(深夜)の流れで放送していました。
27時間テレビの場合YTSで最後までフジ同時ネットをして炙れた日テレの番組は後日振り替え放送という具合にやっていました。(YTSの27時間テレビは飛び降り無しのフルネット)
YBCの24時間テレビでは土曜日は22時から一旦飛び降りて「土曜ワイド劇場」を放送他系列の定時放送をしつつ24Hテレビを進行していました。
グランドフィナーレに付いては飛び降りず最後まで放送をして→「日曜洋画劇場」という流れで炙れたテレ朝の番組は振り替え放送で対処していました(何てややこしい...(^^; )
※1.YTSはNNSに加盟していなかったので24Hテレビの放送は出来ない為YBC→YTSのリレー放送は
    出来なかった。
※2.この間日テレと同時ネット出来ないYTSは別番組に差し替えて穴埋め。(フジ同時ネットでは無い)
この様な番組編成の為に、基本系列局(フジや日テレ系)の番組までにも影響が及びました、先ずフジ人気番組の欽ドン(よい子悪い子普通の子)が1ヶ月も遅れて番販で放送、続く月9ドラマも4週くらい遅れて日曜の昼12時から放送、当時大人気ドラマだった「東京ラブストーリー」何かは先に仙台放送で見た人がネタばらしをして大顰蹙を買っていたという事も起こっていました(^^;;
これも大人気だった月9ドラマ「101回目のプロポーズ」は4週間所か半年後位にYTSが土曜の午後に2-3週にわたり集中放送すると言う事態も起こっていました。
その為、仙台放送秋田テレビが視聴出来ない地域ではチャゲ&飛鳥の「Say Yes」がその主題歌とは知らない人が多いまま山形でも大ヒットして居た...何て事も起こっていましたねぇ
YTSの集中放送後にも「101回目のプロポーズ」は再放送もされましたし、SAY開局後も3-4回再放送されているんじゃ無いでしょうか?(^^;
 
 ただ、フジテレビの水曜19時台のアニメ枠(Drスランプアラレちゃん(後のドラゴンボール枠)→うる星やつら等に関しては山形ではクロスネット移行による被害は無かったのは救いの神でしたw(^^;
但し、ドラゴンボールZはYTSのネットチェンジのせいでぶつ切りになってしまいましたけどねw(その後程なくしてTUYへ移行してます)
月9枠や火9(なるほどザワールドなど放送していた枠)がクロスネットの被害を被ったのは大変痛かった..
又曜日の伴う番組名が笑ってしまいます。
火曜サスペンス劇場→土曜サスペンス劇場 金曜ロードショー→火曜ロードショー等と他地域の人が見れば「何これ?w」みたいな番組名になっていました。
しかも..YTSは大晦日に従来フジ系なら放送すべきの「世界紅白歌合戦」差し置いて「火曜ロードショー」を通常放送していた前科があります、NHK紅白歌合戦の裏番組が「火曜ロードショー」かょwと思ったものです(^^;;
 一番腹が立ったのは当時は未だ人気が有った巨人戦の中継が延長無し...だったのでは無いでしょうか?
中継の定時近くになると「一部の地域を除いて野球中継を延長します」アナウンスがありましたが山形も木曜日を除いて殆どが一部の地域に該当していました(^^;
それを補完する番組が「巨人戦ハイライト」日テレの制作ではありましたが、NNN加盟局が有る地域でこの延長部分が見られない地域でしか放送されない番組でもありました。
 又YTSでも日曜日に日テレの巨人戦が有ればそれも同時ネット、逆にYBCもテレ朝の巨人戦が有ればコチラも同時ネットで皮肉なことに日テレの中継は殆ど延長しないのにテレ朝の物は普通に延長も有りました。
そして「欽ちゃんの仮想大賞」の募集告知はYBCで行っているのに放送はYTS何て言う事も有りました、勿論曜日によってYBCで放送したりYTSで放送したり...
あの伝説の番組「お笑いウルトラクイズ」も同じです、当然日曜日に放送があればYTSその他の曜日はYBCで放送と言う事です。
 
クロスネット時代山形のアニメ事情も最悪!
クロスネット対策もしました
私自身一番腹立ったのは小さい頃からアニメ好きの私が見たいアニメが碌に見られない若しくはかなり遅れて放送される事でした。
アニメ雑誌で大きく取り上げられていても「見られない..orz」はよくありました!
少年ジャンプやマガジンの漫画の終わりの所に「テレビ朝日系19:00~好評放送中!」何て書いているのに指をくわえてみているしか無いのです「山形県民はマンガで我慢しなさい」と言われているようでホント嫌でしたね!
※一応YBCもテレ朝系列に属して居ましたがテレ朝系アニメは夕方に遅れ放送が殆ど(しかも半年遅れとか1年遅れとかザラw)時代劇や刑事ドラマは同時なのにね?
ドラゴンボールのアニメ化の時何かアニメ化だとぉぉ?何処の系列?「フジ系」やったー(^0^)大変喜びました(^^;
何処の系列で放送されるのか?かなり気にしていました。
東京12チャンネル」(テレ東の嘗ての呼称)とか書かれていよう物なら余程人気が無い限り絶望的.....orz(^^;
(これは地上波だけ見れば今もか?w)
リアルタイムで見られる物の方が限定的..日テレ系とフジ系で放送される物だけ(^^;
月曜夜7時台のNET(テレ朝系)枠が一番マシで1週遅れ(一休さんTHEかぼちゃワイン等(遅れ放送)→福ちゃんと後のクレヨンしんちゃん枠はYBCで同時ネット)が精々(^^;
クレヨンしんちゃんについては山形では放送開始~現在迄全て同時ネット
テレ朝や山形ではリアルタイムで放送出来ないフジ系、日テレ系の物(北斗の拳、キャッツアイ等は夕方5時台にしていました)又はTBS系(MBSアニメや腸捻転前の朝日放送製作アニメ含む)アニメを見る為!が仙台局を必死に遠距離受信して見ていた大きな理由でした。
北斗の拳は仙台に6ヶ月くらい居た時に仙台放送ではフジ同時でやっていたので普通に見られたのに山形に戻って(山形でも仙台放送が映らない地域に引っ越しw)YTSではやってないなんて!!「嘘だろ?」途中から見られなくなり悔しい思いをしましたね(実は夕方ころにやっていたw)でも「スケバン刑事」やフジの大映テレビ枠の「ヤヌスの鏡」等は普通にYTSでもやってましたねw
OXとTBCは共同アンテナ(実家は県内波の受信状況が悪い為設置されていた)で再送されていたので映りは非常に良かったのですが、要のテレ朝系のKHB(「1stガンダム」なんか特にね(^^;)をゴースト、スノーノイズ上等!で必死に見ていて親にも「目が悪くなるから止めなさい!」と言われながら見てましたしね(^^;
まあ1stガンダムの様に人気の有るアニメは勿論夕方の時間帯にYBCやYTSで遅れ放送はされました。
YBCで1stガンダムが忘れた頃に夕方4時台か5時台にやっていたのを思い出しました。
クロスネット移行の2年前の78年に打ち切りになったのが日テレのお色気番組(^^;「11PM」これには県内各地でかなり怒号が飛び交っていたように思います。
でも..服部天皇聞く耳持たず..これには発情期で(コラコラw)の私もかなり腹が立ちました。
ABSもやってなかったような気がしますね...(気のせいだったらゴメンナサイ)
と言う事でクロスネット対策として又トゥナイトや11PM(KHBとmmt)を見る為お高いUHFアンテナLSL30をなけなしのお金を叩いてコッソリ立てたのも良い思い出..(^^;
これでゴーストやスノーノイズは改善されてテレ朝アニメもハッキリクッキリ見られるようにしてやりましたw(山間部でUHF帯受信なので完璧では無い)
と言う事で、今迄在仙局はOXとTBCは元々共同アンテナのチャンネルに入っていたのでそれにプラスして残り2局も視聴に耐えられるクオリティ迄受信改善策をして一応4系列のマストバイ局は受かる体制にしていましたが、ちゃんと山新グループの放送も見てましたょw
クロスネット移行後でもYTSは意外とフジの深夜枠はネットしていました(オールナイトフジなどもYTSでやっていたのを見た覚えがあります(不定期) )
仙台放送では「オールナイトフジ」の放送はしていませんでした。
この遅れ放送(番販)もメリット無し!では無いんですね。それはNTTのマイクロ回線経由よりも高音質、高画質という恩恵が受けられましたご存じの方も多いと思いますがマイクロ回線経由の音質については10KHzが上限で誰が聞いてもキー局との音質の差は歴然です。
東京じゃ有りませんが(^^;関東地方に2年近く住んでいた時がありましたが、テレビ局が多いというカルチャーショックよりも実家から持って行った同じテレビなのに(一応音声多重対応)山形よりも「俄然テレビの音質が良い」と言う事に驚いた事があります。
YOU TUBEで当時の「夜のヒットスタジオ」の動画を目にしますがHiFiビデオで録画した当時の仙台放送のステレオ音声で記録した物とYOU TUBEに上がっていた動画の音声の違いにビックリしてしまいます。
あちらに上がっているのは関東広域の物なんでしょうね、高域が伸びてどょ~んとした感じの無い音質です。
因みにYTSはモノラルだったのでフジの音楽番組は仙台放送から録っていました(^^;
東北と違いU局(テレ玉は除く)も含めて関東地区は全ての局で音声多重放送はしていましたしね。特にTVKは音楽番組が多くローカル出しが殆どで音質も良いので重宝してましたね。
画質はビデオネットの方がクリアーです。(キー局同等)例を挙げれば今もBS朝日で放送していますが「ベストヒットUSA」は同時ネットの当時のKHBで見た場合と遅れネット(ビデオネット)のYBCで見た場合、明らかにYBCの方がクッキリしていて音質も「え?テレビの音ってこんなに良かったの?」と思う位良かったですね、しかもKHBは84年頃は音声多重放送はしていなかったのでモノラル、YBCはステレオ放送この違いです。(^^;
※但し、画面に出てくるステレオロゴ(Sマーク)は日テレが採用している物でテレ朝のヒヨコマークでは有りませんでした。
謎の?YTSフジ系末期の音声多重放送
山形で初めてテレ朝のひよこマークの音声ロゴがお見えしたのはYTSがテレ朝にネットチェンジをして正式な音声多重放送が始まってからです。
因みに、「夜のヒットスタジオ」(と後のデラックス)や「シオノギミュージックフェア」のオープニングで見られたフジテレビの虹のマークに「ステレオ」と記載されていたロゴは1度もYTSでは見る事は出来ませんでした。
※同番組もYTSではモノラル放送、但し90年代になって始まったフジ系の音楽番組復帰第一弾のM.J(ミュージックジャーナル)はYTSもステレオ放送。(県内全域では無い)
(音声多重放送をしていた仙台放送ではフジと同じマークも有ったような気もしますが独自のロゴも有りました)
ミュージックフェアは80年のクロスネット移行後YTSでは打ち切りになりSAY開局時復活しました。
YTSの音声多重放送開始時期は遅く正式に始まったのは93年のネットチェンジ以降です。
と言う事ですが、実は!90年以降、フジ系の時も非公式??に村山地区と西蔵王の電波を元に中継している中継局(置賜地区、村山地区の中継所など)のみ行って居たのです。
それには始め気がつきませんでしたが、気がついたきっかけは当時フジ系のイメージCMをやっていて「右、左、右、左・・LOVE!!! ・・YTS」というフレーズのCMでちゃんと右左がYTSでもステレオになって居ました(^^; 音声多重局でも無いのに耳を疑いましたねw
フジは元々ステレオの番組は少なかったのですが、YTSが変態ネットしていた(^^;日テレの番組は重宝しましたね、但し..音声ロゴは画面に出なかった、新聞にも記載無し。(JOYI-TAM のコールサインの表記も無し)
またまた、ご冗談をwと思うかも知れませんが、90年頃YTSの深夜にやっていた「劇場版バリバリ伝説」をHiFiビデオで録画した物を発掘して再生したらステレオで収録されていましたし、あの?「火曜ロードショー」も又二重音声で録画されていました。
最後の水野晴郎氏の名解説も懐かしかったですが、よく見てみると...従来は「さて来週の金曜ロードショーは」...と言う所が編集されていて「金曜」の部分だけ「さて来週の..ロードショーは?」という具合に口パクになっていました(^^;
夜のヒットスタジオSuper枠だった時間帯に始まった番組でYTSのネットチェンジジに関して「YTSでは絶対放送されたくない」ネットチェンジで同番組が見られなくなる嘆きのFAXを紹介してしまった(^^;w あの古舘伊知郎司会の「MJ」は音声ロゴは出ませんでしたがYTSもステレオ放送でした。(「古館さん」で報ステ卒業後は又フジにも戻ってきましたねw)
 昔有ったステレオ放送を感知してCMカットをする機能が付いているビデオデッキもYTSもヒッソリと他局同様CMはステレオモードになっていたのでこの機能も正常に動作していましたね。
※1991/01/28の日付でビデオデッキのCMカット機能を付加する実験としてYTSの日曜日ちびまる子ちゃんサザエさんを録画した時の実験結果をパケット通信掲示板に投稿していた記事を見つけました。
記事にはYTSの全国展開のCMはステレオで送出しているがローカルの一部CMはモノラル送出だったと記されています。
 
 平成新局TUYの開局
平成になり、ようやくこの変な流れに渇が入ります。それは新局の開局
昭和の末期昭和62年(1987年)頃から山形地区の電波過疎の解消を目的としたTV局の話が持ち上がるようになりました87年頃には局名も具体的に「山形県民テレビ」が決まった物の...ネットするのがTBSと言う事も有り県民テレビは他系列で使用しているので相応しくないとTBS側から指摘が有ったようで最終的には「テレビユー山形」として略称はTUYになりました。
TUYの意味合いとしてT=テレビ、U=チャンネルがUHFと言う意味合いとあなたの~(YOU)テレビ局という2つの思いがあるようです。Y=山形 山形のあなたの為のテレビ局と言う意味ですかね(^^;
○○テレビ、や○○放送と言うのが局名の定番な当時としては「変な局名だなぁ..」と言う声も聞かれましたが以降、めんこいテレビとかチューリップテレビ、ちんちんテレビ、さくらんぼテレビ等何処の県の放送局?みたいな局名が連ねてますしね(^^;
これならお隣福島で「テレビユー福島」TUFが有るので問題有りませんね。(^^;
新局開局が決定した時報道したのは山形ではテレビはNHK山形放送局のみ勿論服部縛りのYBC YTSでは一切報道は有りませんでした。
逆に県外局なのに報道したのがTBC..まあここはTBS系なので報道してもおかしくないですが、他にも仙台放送FM仙台等でも小さく扱っていたようです。
そして、当初は山新グループとは別の報道機関という目的で1989年にTBS系列のTUY平成新局の先陣を切って開局をします。(現在は山形新聞も持ち株があります)
演奏所は山形市内の南部(白山地区)に有りますが当時平成元年頃は田圃しか無く「ポツーン」とTUYの局舎だけが目立って居ましたね(^^;しかし、本社は庄内地区に置いて服部の支配地区を避ける念の押しようでした。
YBCやYTSでやって居たTBSの番組は全てTUYへ移りますが...
YTSで時差放送(一時期は同時放送をやって居てコチラはスポンサードネットでMBSからネット保証料を貰う形)でやって居た「世界丸ごとHowマッチ!?」の性で木曜10時の人気ドラマが見ることが出来なかったので全国と同じ時間帯で見られるようになりました(但し何故か?番販扱いでローカルスポンサーに差し替えられて更には1週遅れだった)
所がTUYが出来ても村山地区では「新潟放送東北放送の山形中継局」みたいな意識が強く代わり映えしないなぁ..と言う人が多かったように思います。
ホントにTUYの開局が有り難かったのは県外のTBS系の受信が困難な新庄市周辺の最上地区と庄内地区だったと思います。
TUYのサービス放送期間中にあの伝説の「ザ・ベストテン」の最終回が放送されて山形では最初で最後の放送だったのは有名な話ですよね。
 所が..服部天皇山新とは関係が無い報道機関になり得るTUYの開局は反感を持っていて山新グループのスポットは一切TYUには回さない仕打ちをしていました、お陰でTUYの開局当初はコーワとACそれと番宣だらけになっていました。
番組はテレ東の番販は開局当初から有りましたが、殆どTBS垂れ流し...ニュースや天気予報も関東地方の物を垂れ流し、夕方の「キリンレモン」のOPメロディで始まり「ポッパッパ♪」と軽快な音で始まる関東ローカルのお天気おねいさんまで登場したのには私も吃驚した事が有りますw(^^;
※但しTUYではキリンレモンのOPメロディをカットしてそこにローカルCM等を挿入
地方でのNETはあり得ない「大木凡人の街角テレビ」まで垂れ流していました(^^;;
近くのスーパー等に出向いて大木凡人司会でカラオケを歌っていただくだけの番組ですが関東では奥様方には身近なスーパーが登場する等有り結構人気番組らしく帰省してきた親戚の方は「.この西友近くの店じゃ無い!?」と言っていたのを思い出しました(何てローカルなw)
 
服部天皇崩御そしてYTSが前代未聞の一方的なネットチェンジの暴挙!
新局TUYエフエム山形の開局に反対していた服部天皇はYTSに映画事業「アニメーター2」に手ださせ、さらにはバイオ科学研究所の開設、クルーガーランド金貨発行など放送業務以外の事にも手を出させます。
所が直後の1991年3月に服部天皇は他界してしまいます。
服部が打ち出した事業も悉く失敗してしまいます・・勿論それが膨大な赤字を生み出し、閉局か!?と言う事まで囁かれていました。
※当時の新聞報道を参照にしていますトラックバックにある服部Jr.が動いてネットチェンジをした説もありますがどちらが真実かは定かでは無い事をお断りしておきます。
為す術が無くなったYTSは服部天皇崩御により服部縛りが無くなり元々希望である「系列を現在のフジ系からテレ朝に変更する」という案を打ち出したのです。
株主の朝日新聞からも「もう系譜の違うフジ系で居る必要は無い従来の系列に戻ってくれないか・・・」という話もちあがっていました。
それに当時テレ朝系では平成新局の為にもネット保証金を他系列の1.5倍という高額な金額が支払われていた事もありYTS幹部はこれで赤字を修正できるかも知れないと言う事で、議会に提出・・・それが呆気なく通ってしまったといいます。
YTSは視聴者の猛反対を無視した上にフジテレビには一方的にネット脱退の通達をしましたが、フジテレビも黙っているわけはありません当時の日枝社長は大激怒!!1992年12月に未だネット離脱まで4ヶ月もあるというのにYTSにネット保証金の打ち切りを切り出し、番組配信も4月を待たずして打ち切る事もありうると言う厳しい通達を出します。
結局、同年3月までフジテレビの番組は通常通り放送された物のネット保証料はYTS社員がスポンサーを個別に訪問して徴収すると言う労働をしいられてしまったのです。
そして、1993年3月31日の番組の一番最後に「長い間ご覧頂きまして有り難うございました」というブルーバックが流されてました。「笑っていいとも」のエンディング「明日もまた見てくれるかな?」「いいともー!」の後に”長い間ご覧頂きまして有り難うございました...は、オィオィ(^^;みたいな感じで悲しかったですねー(実家ではその後も仙台放送でフジは見てましが、周りの人と特にフジテレビの人気ドラマの話をしても何それ?みたいな感じで話が合わななくて悲しかったです(^^; )
新聞には(終)マークがズラリ並んでいましたね・・
次の日にはやじうまワイドが始まり、久米宏ニュースステーションも始まり・・チョットエッチな「トゥナイト」の放送が始まります(^^; 私としては実はワクワクする事の方が多かったですけどね
YTSは今まで賑やかなお笑いチャンネルから一気にアダルトな雰囲気が漂う大人のチャンネルに変貌しました。
YTSの懐状態が悪い時期でゴールデンタイムに一部ローカル番組「クイズ・親子でドキドキ!山形物語」とかしていましたが「こんな懐具合悪い時にこんなことやってて良いの?」(^^;と思いましたがやっぱり数年でこの枠が廃止されて「目撃ドキュソ!!」の同時ネットに変わってます。
嬉しい事にローカル枠が少なくテレ朝同時ネット率が東日本放送を上回っていて、そのお陰で全国でも同時ネット率が低い「タモリ倶楽部」などチョットマニアックな番組も同時ネットで見られると言う嬉しい誤算も起こっていました(^^;
※現在も「タモリ倶楽部」は同時ネットで一時特定のスポンサーが付いていた。
それに、これはSAYが開局した後ですが未だトゥナイトも終わっていない時期にテレ東の乳ポロ番組(^^;「ギルガメッシュナイト」を1週遅れで放送するなど、YTSはお色気番組を選んで放送してるの?(^^;見たいな時期もありました。テレ朝の深夜枠もチョットエロい番組が多い時期でしたね。(今はその影は無い)
YTSのマストバイ化と共に、YBCへもYTSに移ってしまった日曜日の日テレの番組等が帰ってきて日テレのマストバイ局となります。服部天皇に無理矢理打ち切られた11PM枠も放送されるように・・この時は「EXテレビ」・・・
山形県民にとって一番嬉しかったのは巨人戦ナイター中継の完全中継(延長も放送)になったことでしょうか?
この時点で一部の地域から脱して勿論「巨人戦ハイライト」も姿を消しました。
テレ朝系のアニメの放送時間も全国的に常識的な時間帯となってネットチェンジが無かったら..人気だった「スラムダンク」や「セーラームーン」も「科学戦隊シリーズ」も夕方から遅れ放送で見ていた事でしょう(^^;
それと山形では始めてシンエイ版「ドラえもん」が金曜夜7時の放映が始まりました。
それまでドラえもんは日曜日の朝YBCで(アレはスポンサードネットだったのかな?)放映されていてすっかり日曜日の顔になっていましたので金曜夜に「ドラえもん」は違和感ありありでしたね。
※実は幻の日テレ版「ドラえもん」はYBCで日テレと同時ネットで放映されていたが裏番組がYTSでやっていたフジ同時ネットの「マジンガーZ」と、TBS系列の「アップダウンクイズ」(山形ではTBS系列がなかったが東北放送新潟放送で広く見られていた)山形でも後者の2番組方が圧倒的に人気が有り「ドラえもん」の存在すら知られていないと言う事もありました。
私も「マジンガーZ」の方を見ていましたし、学校に行ってもマジンガーZの話題は有れどドラえもん?何それ??みたいな状態でしたからね(^^;
OPはこんなのでしたw
本放送はまあ、あまり見た記憶はありませんがシンエイ版とは雰囲気が違いますよねw
ドラえもんが犬に向かって逆立ちでベロベロバーするか?(^^;私の記憶ではあんなヘンテコなドラえもん見た事有りませんね。今気がついたのですが、「ㇵ~ヤッショウマカシヨ」というフレーズは我が山形県の花笠音頭のワンフレーズでも有るのでさぞかし山形花笠まつり創設者の服部天皇様は喜んだことでしょうw
シンエイ版ドラえもんとは違って全国的にも人気は無かった様です。(但し旧ドラえもん放送後発刊された小学館から出ていたコミックは人気が有った)
日曜はYBCの笑点を見てから18時代のアニメ(タイムボカンシリーズ等)~サザエさん→19時台のアニメ→19時30分の「ハウス(カルピス)世界名作劇場」まで2時間はずっとYTSからチャンネルは回しませんでしたからね(^^;
※70年代~90年代はフジテレビ系とテレ朝系が人気アニメが多く放送されていました。その後テレ東の方がアニメ天国になってますよね?(^^;
(偶にYBCでナイターがあると親父にチャンネルを回された(`Д´)ノワーン状態に..録画環境が整っている今はあまり聞かなくなりましたが当時はチャンネル争いも常でしたしね(^^;)
対策として「ウッ!!ナイターが有る!!」と分かったらチャンネルツマミを引っこ抜いて回せないようにしてそばにラジオを置いて「ナイターはラジオで聞いて!!」と言いってましたw そしたら「マンガばっかり見ねで勉強すろ!!!」と逆襲されましたw
ウチのナショナル「パナカラー」は特にスポッ!と簡単に抜けましたw(^^;東芝とかは抜けにくく友人の中にはペンチで無理矢理ひっこ抜いた強者も居ましたねw
そんな乱暴なことしなくてもVHFのアンテナ線を外せばYBCは映らなくなるはずですが無駄ですウチは共聴アンテナでVHFにチャンネルが纏まっていたのですw
 
そして、ようやく13年にも及んだメチャクチャなクロスネットも解消されましたがそれと引き替えに一部フジの人気番組(当時だとねるとん紅鯨団とかサザエさん等)はTBS系のTUYに移りましたが、殆どのフジの番組を失ってしまいます。
 
当時の新聞記事等
当時の読売新聞の記事と当時インターネットはありませんがパケット通信で発信した記事を載せておきます。
1992年10月2日付け読売新聞山形版より転載
※何と22年前の98用の5incFDDの読見込みに成功!(^^;
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10月12日YTSでは、株主総会を開き損害を与えた、責任で専務を常務格下げ
等の人事を報告、了承を得た 続いて フジテレビからテレビ朝日へ系列乗換を初めて
株主に説明したが、質問もなく7分で閉会。。
フジ系列からの撤退が事実上確定した。 しかし、フジテレビ側では一方的脱退に
態度を硬化させており、交渉が決裂した場合、フジ側がYTSを協定から除名、来春
を待たずにフジの番組が配信停止される事態も考えられる。
途中省略・・・
 又会社側の検討中の経営再建策に関しては、「テレビ朝日系列化で、キー局から配分
されるネット補償料(全国CM収入の地方配分金)が増える事も予想されるので、今後
修正の可能性がある」ので総会での提示が見送られた。
ネットワーク協定はローカル局側の事前通告が有れば解消でき、総会での異論が全く
無かった事でフジ系からの脱退は事実上確定した事になるが、同社では今後フジ側との
円満脱退をめざしてゆく事になると話した。 フジ側から求められている「再回答文」
の提示を12日までに済ませて、YTS側では「乗換はクロスネットの解消が目的と言
うのは従来と変わり無い」と話している。 しかし、フジ側では「フジテレビの番組が
93%以上の山形テレビは厳密な意味ではクロス局とは言えず理由にならない今後FN
N26局の理事会社会議で検討するが、強い態度で望む事がある。」と年内一杯でYT
SをFNNから除名番組配信中止と言う最悪な事態を話す等、態度を硬化させており今
後の交渉が注目される。
            以上「読売新聞山形版」10/12付より掲載・
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 以下「読売新聞山形版」を参照。
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 10月21日、秋田市で第40回民放全国大会が開催された。その中で、YTSの
姿は無かった、ネット変更問題の後に、1度も 山形テレビ(YTS)側と接触してい
ないフジテレビの日枝社長は、「一言挨拶が会ってもいいのに顔を会わせられないのか
!」とグラス片手に、漏らしていたと言う。
 
 フジ側では、「経営不振のためNET入れ替えをするのは理解に苦しむ」として、文
書で、説明を2度に渡り要求したが、解答は同じで「クロスNETの解消のため」とし
ている 一方的な系列脱退の山形テレビ側に対して、フジテレビ側の怒りは爆発した!
11月末をもって、山形テレビに対してのCM料配分をカットする!と決定した模様!
 これは、今まで民間放送始まって以来の異例の措置だと言う。フジ側は、12月以降
もフジテレビの番組の配信はする物の、4月を待たずして配信停止の措置も侍さない。
と言っている。
 
 これで、YTSで放送されてる一部の日テレ系列の番組を除くフジテレビの番組の
CM料はYTS独自で、徴収しなければならない、かなりの労力となるだろう。
 YTSでは、これでフジテレビ系列脱退に付いては決着した(してねーだろーが!
)と言っている。今後はテレビ朝日のNET協定交渉に入り視聴者に説明する。と
言っている。
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 立つ鳥後を濁さず。。”と言う諺が有りますが、山形テレビの株主は、テレビ朝日
係が多いいにしろ それは 無いでしょうに! 後濁しもいいところです。でも、
YTSがテレビ朝日 100% になるという事は、YBC(山形放送)は、日本テレ
ビ系列が100%になり、まあ TUY(テレビユー山形)は、元々TBS 100%
 だから、県内のTV局に クロスNETの局は無くなるという事でしょうね。県内の
民放4局化にも、拍車が掛かる事でしょう! 実に喜ばしい所ですが。。それまでは、
  お隣の仙台放送で、フジテレビを見る事にしましょう。。hi
 
※下は私の当時書いた勝手なコメントですので気にしないで下さい(^^;
この時点では4局目の話なんて全くないのにホント勝手な事書いちゃってますw(笑
福島でのFTVのネットチェンジTBS→フジの時は即代替えのTUFが出来ているので山形もそうなるだろう..何て勝手に思っていましたねぇ。
でもこれからたった4年後にホントにフジ系の「さくらんぼテレビ」が開局していますので強ち嘘では無かったわけですね..ハハハ
※全角アルファベットになっていますがPC98に配慮した形式で当時はこれがデフォ
※県内でこのYTSのネットチェンジの報道は勿論山新グループの各報道機関(山形新聞、山形放送、山形テレビ)では一切ありませんでした。
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奇跡の4局目の開局
所が長年フジの番組に親しみを持った山形の視聴者の怒りは収まりません!
山形市内では「フジ誘致運動」が起こり署名運動が勃発します。
これに目を付けた当時フジ社長の日枝氏が署名を全面的に飲み込み何とこれも前代未聞!元々民放のチャンネルプランが3chしか無い山形県内に於いて当時の東北電気通信監理局に無理矢理4ch目の民放のチャンネルを割り振りさせたのです。
山形は経済的にも4局維持するのは大変な地域しかも既にこの頃には2011年の地上波のデジタル化の話も出ていた時期で開局は困難を要す事は十も承知だった筈です。
※この時期デジタル化は決定していたが2011年7月24日と決まったのは2001年7月23日
実はこれもYTSに対する視聴者を奪う事の報復処置の一環だったのです。
それと、YTSの暴挙のために長年親しんだフジテレビの番組を消されてしまった山形県民へのお詫びの意味もあったと言います。
そして、4ch目の民放局の事業者募集をしたところ地元企業の山本製作所と何と?朝日新聞系列の日スポが名乗り出したのですが、2社しか申請はなく1本化はスムースに行き翌年の1996年3月SKY(後に現スカパー!とダブるためにSAYに変更となる)さくらんぼテレビ(株)が発足して1997年に念願だったフジマストバイのSAYが開局して再び山形にフジテレビの番組が帰ってきました。
山形県民にとってはフジマストバイ局は長年の夢でした勿論月9も日曜の昼では無く(^^;その名の通り月曜日の9時から放送になって皮肉にも山形の初月9は「一つ屋根の下2」...ネットチェンジした年の4月にこの1シリーズがフジ系で放送されていました。(見たいのに見られない状態)並んで、ローカルのドラマ再放送枠(ドラマfor yoy)では1シリーズを放送して話を繋いでいたようです。
SAYは高知さんさんテレビと並んで系列局では最後の開局になりました。正に滑り込みセーフ!状態(^^;
(地上波では独立U局、1999年の栃木テレビが最後の開局)
社員にはYTSからリストラで補された幹部を積極的に採用して40人程の小規模な放送局としてスタート筆頭株主はフジテレビとして、仙台放送秋田テレビなども出資するような形を取っていました。(新聞系は朝日系、サンケイの出資があるのはYTSで現在も名残でサンケイの出資がある)
フジが出資してますから、系列外のテレ東の番販は無しほぼフジテレビやその系列だけの番組編成で放送されています。(2014年現在はテレ東の番販も有り)現在こそ独自編成になってきていますが開局当初は昼と夕方の数10分以外は朝から深夜までフジ垂れ流し状態で、フジのネット率はテレ東の番販がない分フジテレビ仙台中継所こと(^^;仙台放送をも上回っていました。
現在はSAYもテレ東の番販を始めたので土曜の13時代はテレ東番組の4つ並びも...w
因みにSAYの試験放送(サービス放送)を開始したのが1997年3月15日~でしたが、TUYのフジの番販番組についてはSAYは同時ネットはせずに番組を差し替えていました例えば..サザエさんこち亀、何かは番組を差し替えて引き続きTUYで遅れ放送という形を取っていました。
後はフジの毎年定番になっている春高バレーもSAYでは無くてTUYが同時ネットをしていました。
TUY→SAYへのフジの番組の完全移行はその年の4月1日からです。
 
あれから24年程経った現在ではYTSも県民に山形のテレ朝系列の局として認知されており、東北のANN各局の呑としてANNの局では老舗(仙台のKHBよりも5年も開局が早い)らしく、その番組の製作力いかんなく発揮するなど活躍を続けています。
 
山形は全国で唯一「笑っていいとも!」の最終回が2回有った!?(当たり前(^^; )
4年間は全国で唯一「笑っていいとも!」の未放送地域に..
2014/03/31で笑っていいとも!が最終回になってしまいましたが上にも書いたとおり山形は唯一最終回が2回当たり前といえば当たり前ですね(^^;
1993/03/31も新聞のTV欄で「笑っていいとも!」(終)を拝むことが出来たのです。
当初は人気番組だから青森や山梨などの様にTUYで夕方頃に遅れ放送があるでしょ?と思いきや!?
夕方はお年寄りに大人気の「水戸黄門」の再放送等が控えておりどうしても枠が取れない為笑っていいとも!の時差放送すらありませんでした。
フジテレビの番組の放送もTUYのみ(期限切れのゲゲゲの鬼太郎第2期はYBCでもしてましたが)で放送率も青森や山口、山梨地域の元々フジ系の無い地域の放送率の足下にも及ばない放送率の低さでした。(県民が怒るのも無理ないです)
YTSは勿論フジの時差放送もお断り!ですし、YBCもYTSのテレ朝のネットチェンジに協力したことを理由にフジの番販はフジテレビに拒否されました、フジテレビの怒りはかなり根が深い物でした。
その笑っていいとも!が見られない!と言う事も実はフジ系再進出の後押しにもなっていたのです。
 あの当時だと、流行の発信基地にもなっていた番組だけに遠距離受信仙台放送やケーブルテレビに加入ししてでもこの番組をを見たい人が続出していたのも事実です。
2回の最終回とも何故か??? 「明日も見てくれるかな?」...いいとも-!で締めくくりでしたね!(^^;;
(明日から無いのにねw)
山形県民にとってホントに悲しかったのは人気絶頂中の1回目の最終回でしょう。
まあ、今回の全国的な最終回は視聴率も落ちていたので致し方ないでしょ?
なんだかホントの笑っていいとも!の後番組の「バイキング」も日テレの「ヒルナンデス!」が2つ有るみたい!な感じで長続きしなそうな予感がします(^^;(結構続いてるようですねw 2016/8/31追記)
後はご指摘の有りました「F1グランプリ」の放送も見られなくなった番組の1つでしたね、実は...
YTSが未だネットチェンジしていない93年の3月にF1の放送がフジ系で有ったのにもかかわらずYTSの勝手な判断で「どうせ4月から放送できないんだ」という考えだったのでしょうか?放送を別の番組に差し替えたと言う事も有りました、当然視聴者から「最後まで放送しろよ!」等と苦情が殺到したとか...
この事も、地元の読売新聞山形版で大きく報道されていました。
山形県民は放送局には厳しく抗議するという一面も有ります、1例を上げるとフジ系なのに「夕焼けニャンニャン」が未放送のYTSに対しても視聴者の要望と苦情も殺到してYTSでも放送する事に...そんな事も有ったようです。
フジの誘致運動もその県民の気質から出てきた物ででしょう、それが当時のフジ社長日枝氏の心を動かしたのだと思います。(プラス日枝氏のYTSへの報復処置)
因みに、私はフジテレビ系の番組の録画屋さんか!!と言わんばかりに仙台放送のドラマやそのF1中継をビデオに撮って友人に持って行く日々が続きました..段々面倒になり仕舞いには「自前でアンテナ立ててみろよ!」と言ってしまったことも(^^;;
※1ch(90MHz帯)だった東北放送TVに対して12ch(220MHz帯)の仙台放送は周波数も高く山や建物の影に回り込みにくい性質があったので東北放送が映った山間部でも受信困難の場所も多く実際私もアマ無線をしていたのでそれを知っている知人に「仙台放送映るようにして!」と頼まれる事もありましたが、東北放送は何とか映っても仙台放送は無理!な場所もありました。
仙台放送秋田テレビ新潟総合テレビを含めたフジ系の県内カバー率は大体40%程度、つまり4年間は県民の大半がフジを見られない状態でした。(仙台放送カバー地区でも態々専用アンテナを立てて見ない人も多数)
 
 最近、フジテレビのパワーダウンが目立ちドラマもバラエティも以前のように面白い物は無くあんまし系列であるさくらんぼテレビを見なくなっているのが現状です。
(その代わり皮肉な事にテレ朝の番組は未だマシな物が多いのでYTSは逆に見るようになりましたが(^^; )
SAYも苦肉の策か?開局当初「テレ東の番販はしません!」と言っていたのが去年辺りからテレ東の番販も始めたようです。
更には「昼ドキッ!TV」と言うSAY初のローカルワイド番組も始まりました。(スポンサーが8社も付いている(^^; )
先週の東北六甲際の生中継はSAYとTUYが担当していましたが、SAYは初めての試みだけにギクシャクしてるかな?と思ったら、意外とまともな中継をしていました、開局当初から比べれば番組の制作力もUPしている感じですね。
※以前SAY唯一のテレ東の番組として「楽しいムーミン一家」が放送それました(フジテレビ版「ムーミン」ではありません)が、それは番販では無く期限切れと、地元銀行のキャラクタが「ムーミン」だったため、その地元銀行がスポンサーで放送されていました。
 
参考文書
1992年の「読売新聞山形版」
Wiki 服部敬雄
1992年頃のパケット通信 転送型RBBS MO-NET の投稿記事 より一部転載
※PC9801のフロッピーディスクが最近読み出しに次々成功してますのでリアルのYTSのネットチェンジやTUY開局時の情報等見つかったら随時掲載していきます。(但し、FDにカビが生えてNGの物も多し..orz)